SCIENCE AGORA

サイエンスアゴラ2016 開幕・閉幕・キーノートセッション 開催報告

キーノートセッション2
人獣共通感染症への挑戦

■開催概要/Session Information

前半
Part1

後半
Part2

■登壇者

■企画の意図

国際規模の人口移動や気候変動により、国際規模で流行する感染症が身近な疾病になりました。動物から人へ感染する疾病を特に「人獣共通感染症」といいます。鳥インフルエンザ、エボラ出血熱、ジカ熱、SARSなどはご存じかと思います。感染症の発生原因や克服には、基礎医学や公衆衛生あるいは社会構造からの多様なアプローチがあります。
本セッションでは、三つの話題とパネル討論を通して感染症に関する最新の知見と取り組みを紹介しました。一つは、マレーシア養豚地帯で発生したニパウイルスの被害と防御法開発のための科学者の取り組みです。二つ目は、タイ・チェンマイにおける児童も含む住民を巻き込んだ狂犬病予防プロジェクトの取り組みです。三つ目は、人獣感染症発生の予測可能性の取り組みです。人は感染症といかにつき合っていくのか、共に考えます。

■内容

以下に、三つの話題提供の内容をまとめます。

話題提供1:甲斐 知惠子
エマージング感染症との闘い -基礎研究と防御への取り組み

エマージング感染症は、日本語で「新興再興感染症」、英語では「Emerging and re-emerging infections」といいます。新しく集団の中に出現した感染症を「新興感染症」、それまでも存在していたが、急速に発生頻度または発生場所を増加させた感染症を「再興感染症」といいます。例えば、エボラ出血熱、AIDS、鳥インフルエンザ、SARS、ジカ熱などが挙げられます。
感染症との戦いは長期にわたり、細菌感染症には抗生物質、ウイルス感染症にはワクチンが有効であることを解明してきました。1980年には世界保健機構(WHO)が天然痘の根絶宣言まで発信し、人類は感染症を克服したかに見えました。しかし同時に直面したのが、エボラ出血熱などの新興感染症で、人獣共通感染症であることが確認されました。
1998年、マレーシアの養豚地帯で脳炎患者が急増して105名が死亡しました。原因は、それまで未知であった病原体の出現で、ニパウイルスと命名されました。政府による豚の大量殺処分で流行が抑制されましたが、国家経済の回復には6年を要し、その原因究明や防御法開発のため、さらに長期にわたる科学者の格闘が続けられました。疾病ウイルスの分離、遺伝子解析により新種と判明、ニパウイルスと命名、自然宿主のオオコウモリを発見、感染経路に豚を発見。その格闘のプロセスの末に、2013年、日本発の有効ワクチン候補が開発されました。

話題提供2:小田 光康
新しい公衆衛生のカタチ -タイ・チェンマイの狂犬病予防

狂犬病は最もポピュラーな人獣共通感染症の一つであり、病原体は狂犬病ウイルスで、全ての哺乳類(ヒトを含む)に感染します。狂犬病にかかった動物に咬まれると、咬まれた部位から唾液に含まれるウイルスが侵入します。ヒトが感染した場合、潜伏期間1~3カ月で発熱・食欲不振から不安感、狂犬病に特徴的な水や風を怖がる恐水・恐風、精神錯乱、そして呼吸障害に至り、100%が死に至ります。狂犬病を克服した国は、日本や北欧、オーストラリアなど数カ国のみです。
感染症予防の公衆衛生は、役所が主体となって上意下達方式で行うものが通常です。このような方式が成功するのは、情報を受け止める住民の教育水準が高い場合です。かつての日本では、学校教育の普及にほぼ対応して狂犬病が克服されました。
タイ・チェンマイでは、部族社会を基盤に多くの言語や習慣が錯綜し、狂犬病情報を受け止める教育水準も不均一です。当地の狂犬病予防プロジェクトでは、チェンマイ大医学部、主要寺院の僧侶、地域住民ら地域コミュニティーの担い手が一体となって予防接種や避妊手術を手伝い、また、日本のアニメキャラクターを利用した子供向けの教材を作成し狂犬病予防に役立てようとしています。新しい公衆衛生のカタチが見えつつあります。

話題提供3:水谷 哲也
未来を予測する感染症研究 -人獣共通感染症への挑戦

病原体ウイルスによる感染症は古くから知られていました。日本では、735年からの3年間で天然痘が大流行し、藤原四兄弟がそのために命を落としたともいわれ、社会不安を和らげるために奈良の大仏が建立されました。1720年には長崎の出島に狂犬病ウイルスが上陸し、感染は全国に広がりました。1822年には、諸説がありますが、黒船の来日とともにコレラも持ち込まれたともいわれ、江戸では10万人もの犠牲者が出ました。
最近の10年に発生した感染症を挙げますと、2005年の鳥インフルエンザ、2010年の口蹄疫(宮崎)、2014年のエボラ出血熱、殺人ダニによるSFTS(重症熱性血小板減少症候群)、デング熱、2016年のジカ熱などがあります。
振り返りますと、全ての時代において感染症対策は後手にまわっていました。これからは、新たな感染症の出現を予測することが重要かと思います。人獣共通感染症の病原体ウイルスに着目すると、遺伝子変異の予測、媒介する野生動物や吸血昆虫の移動予測により、感染症発生を予測できる可能性があります。エキゾチックアニマル、家畜、ウナギなどにおいて、今後新たに予測される感染症の研究が進みつつあります。

レポート
レポート
セッション風景(2点とも)

パネル討論

三つの話題提供に対して、質疑応答が活発に行われました。代表的なものを挙げます。 「ワクチンの開発で最も苦労するところ」は、ウイルスの抽出、ウイルスの同定、感染経路の解明、ワクチン開発などのそれぞれの工程に、各国各組織の研究者や施設の協力が必要とされることです。特にワクチン開発に必要な高額の研究資金を用意することに、多くの苦労があります。「ワクチン候補が開発されたのに、なぜ普及しないのか?」の質問には、投資する企業や団体が現れないからであると回答、経済的あるいは社会的アプローチの必要性も強調されました。
また、「タイの人びとは狂犬病が怖くないのか?」の質問には、狂犬病の情報が十分に共有されていないこと、また犬は個人所有でなく共同体所有で共同生活の一部になっているとことが挙げられました。生活スタイルにも原因がありそうです。
「ウナギも感染症で困っているのか?」との質問に対しては、事態はウナギが絶滅危惧種に指定されるほど危機的であるにもかかわらず、まだ病原ウイルスの候補を発見した段階であり、これからの対策が重要であることが強調されました。生態系全体のバランスを考えながら、個別の感染症対策をしていく必要があります。

まとめ

本セッションでは、人獣共通感染症について活発な意見が交わされました。感染症対策の重要性はさまざまに語られていますが、感染症の原因生物は何か、感染経路は分かっているのか、対処療法は分かっているのか、ワクチンなどの対処療法を普及するための資金や仕組みは整っているのかなど、科学的知見のみならず社会実装の段取りや人びとの受容にまでおよぶ幅広い協働を考える必要があります。
科学者には、科学の可能性と限界性を理解し、かつそれらをきちんと伝える努力をしていくこと、また、あらゆるステークホルダーとのコミュニケーションの方法を工夫しながら、お互いの立場を理解し合い、信頼を醸成し、目標を共有してくことが求められます。これからの科学と社会とのあり方についての新しい側面が、このセッションから見えてきたかもしれません。

感想

人びとは、人獣共通感染症といかにしてつき合っていけばよいのかという問題意識からこのセッションを企画しました。当日の議論から、思った以上にさまざまな問題点が浮かび上がりました。結論には到りませんでしたが、感染症についてのウイルス研究、公衆衛生の社会研究、獣医研究の異なる視座から問題を共有できたことから、本セッションの意図は叶えられたと思います。
会場から、「ワクチンが開発されたのになぜ普及しないのですか」などの質問が出て、議論の末、その原因が科学の分野のみではなく、むしろ社会や経済の仕組みにもあるという議論の発展が経験できたことは驚きでした。
準備にあたり、幅広く広報宣伝することが不十分で苦労しましたが、セッションのシナリオ作成にあたっては、講演者たちのチームワークの良さが発揮されて良いものになったと思います。

文責: 主催者/澁澤 栄、甲斐 知惠子、小田 光康、水谷 哲也

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