SCIENCE AGORA

サイエンスアゴラ2016 注目企画ほか 報告書

サイエンスフェスティバルの担い手たちをつなぐ対話集会

■開催概要/Session Information

■登壇者

■概要

科学技術にまつわる地域・社会の課題に目を向けながら新たな視点の創出につながる活動を行うには、多様な分野・セクターが関わるコミュニケーションとネットワークづくりが必要と言われています。この取り組みの例として、全国各地で独自に展開されているサイエンスフェスティバルが挙げられます。こうした活動を、持続させ、発展させていくには、今後どんな方策が必要なのでしょうか? 地域・社会のこれからに科学技術を絡めた「対話」「協働」の場となりうるサイエンスフェスティバルを国内外で実践する各機関、組織の代表者たちが集い、「サイエンスフェスティバルの担い手たちをつなぐ対話集会」と題して議論を交わしました。

■内容

開幕にあたり、司会を務めた静岡科学館る・く・る館長の長澤友香氏は、同館で2010年から注力してきた科学コミュニケーション活動の推進とネットワークづくりに触れつつ、「このセッションを、全国でサイエンスフェスティバルに関わる各機関のノウハウや経験、成果を共有し、互いに交流を深め、今後の活動の幅を広げていくための機会としたい」とビジョンを語りました。

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司会を務めた静岡科学館る・く・る館長、長澤友香 氏

ファンを増やして拡大する科学の祝祭

セッションが始まると、北は函館から南は山口まで、科学館や大学など全国7つの拠点による“科学を町に出していくサイエンスフェスティバルの取り組み”が紹介されました。その発表の中でまず明らかになったのは、各地のプロジェクトが地域に根づき始め、規模も年々拡大していることでした。

今年8回目の開催となった北海道の「はこだて国際科学祭」について、金森晶作氏は、進化するプロジェクトの様子を「形式も展覧会、講演会、ショー、実験教室など幅広く展開し、“雑食系”のフェスティバルになりつつある」と表現しました。環境、食、健康といった身近な話題を切り口に、「どこでも」「だれでも」が参加しやすい祝祭空間を演出し、参画者のコミュニティづくりに注力することで、函館市内の10以上の会場にまたがり展開しているといいます。また、大草芳江氏は、宮城県の「学都『仙台・宮城』サイエンスデイ」が、10周年となった今年、訪問者が約1万人に上ったと報告。「当初は10万円の予算から始めたイベントが、年を追うごとに規模が拡大し、今年から100パーセント自立した運営ができるようになった」と語りました。さらに、「千葉市科学フェスタ」について、森井映美子氏は、初回は5,000人規模だったのが、今年は2万人を越える規模に成長したとして、「来場者が増えた要因は、継続して実施することでファンを増やすことができたため」と分析しました。

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「はこだて科学祭」を語る金森晶作 氏。
「イベントに参画する担い手自身が楽しむことを大事にしています」
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「学都『仙台・宮城』サイエンスデイ」を語る大草芳江 氏。
「サイエンスフェスティバルを始めた理由は、私自身が『科学離れ』の典型だったからです」

公と民の担当者間の連携がカギ

地域の中で、誰と、どのように協力してフェスティバルを推進し、浸透させるのか。その工夫も、セッション参加者の興味を引きつける話題でした。愛知県では2011年から「あいちサイエンスフェスティバル」が開催され、2015年度には、夏休みに18万人、秋には26万人の参加があったそうです。牽引する名古屋大学の成 玖美氏は、「愛知県内外26機関による『あいちサイエンス・コミュニケーション・ネットワーク』が協力体制を敷き、愛知県産業労働部に共催いただき、科学館、博物館、図書館といった公共機関、大学や研究所、そして企業とも連携しながら進めている」と語りました。また、山口大学の崎山智司氏は、山口県で産学公民142機関からなるネットワークを構築して展開している、次世代理系人材育成プロジェクト「長州科楽維新プロジェクト」を紹介。当初は「産」から話題に挙がり始まったプロジェクトだったが、JSTの科学技術理解増進活動推進事業に採択され、支援を受けつつ基盤を確立し、その後は行政の支援を得て、「現在では山口県の教育基本計画にも組み込まれるようになった」と語りました。依然として企業からの協賛も多いといいます。

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「あいちサイエンスフェスティバル」を語る成 玖美
「名古屋市内のカフェ、図書館などの協力も得られ、普段は科学館に足を運ばない知的好奇心の高い市民にリーチできました」
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「長州科楽維新プロジェクト」を語る崎山智司 氏。
「10年、20年後にノーベル賞を!と呼びかけて地域の人たちを巻き込んでいます」

持続発展のためには民間との共創も

科学イベントの持続性に関する課題も話題に上りました。その工夫の一つとして「民」を巻き込む動きが紹介されました。「科学を文化に」を合言葉に今年で8回目を数えた「東京国際科学フェスティバル」は、東京を始めとする首都圏全域に広がる科学イベントの連携イベントとして、各イベント同士が横のつながりを持つことが試みられてきました。その流れのなかで今年からは事務局機能を複数の企業の連合チームに外部委託し、実行委員会とは会計を分離したとのこと。企業も巻き込む形にすることで、営利事業としても成立する体制を整備しつつあるといいます。同実行委員会の横山雅俊氏は、「体制を一新し、実行委員会はマネージメントに集中できるようになりました」とメリットを語り、「現在は、古くから参加してきた機関と新規参入組との関係づくりを模索中であり、さらには運営の担い手をどのように広げていくかが、大きな課題になっている」と話しました。

一方、「千葉市科学フェスタ」の取り組みを発表した森井氏は、先進的な技術を持つ地元の“オンリーワン企業”に呼びかけて出展してもらうことで、スポーツ車椅子の体験イベントが実現したと具体例を紹介しました。「とはいえまだ模索段階で、参加いただく企業と互いに「ウィン・ウィン」の関係をどう築いていけるかが今後の課題」と話しました。

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「東京国際科学フェスティバル」を語る横山雅俊 氏。
「私はもともと研究畑の人間でしたが、今は街の薬屋として働く一方、科学コミュニケーション活動に携わっています」
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「千葉市科学フェスタ」を語る森井映美子 氏。
「科学を街に出していく取り組みを積極的に行っていきたい。地方にできることには限界があるので人気講師の派遣など国に支援をしていただきたいです」

組織を超え「横のつながり」を発展させるには

セッションを通して、科学イベントを長年継続するなかで育んだ「横のつながり」をさらに発展させるにはどうすれば良いかということが、各地で課題になっていることが分かりました。役所など行政が窓口を担当する場合には、担当者が数年単位で変わることもあり、さらには予算を管轄する各部署が縦割りで分割されているため、イベントの主催者が翻弄されるケースもあると語られました。良い解決策は挙がらず、苦労の様子がうかがえました。

一方で、横のつながりづくりに取り組む実践例も紹介されました。静岡科学館る・く・るの代島慶一氏は、「サイエンスピクニック」の場合、「毎回、初日の閉館後には、出展者同士で内覧交流会の場を設けることにしている」と発表。昨年度からは、出展者の座談会も行うようにし、意見交換ができる場も設けているそうで、そうした取り組みにより、近年では出展数も伸び、来場者数も増えてきていると話しました。

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「サイエンスピクニック」を語る代島慶一 氏。
「出展者を県外から招聘する枠を必ず設けています。静岡県内だけで固まってしまうと、外が見えず視野が狭くなるからです」
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セッションの途中、サプライズのコメンテーターに、トレント大学科学社会学科教授で「Public Understanding of Science」誌編集長マッシミアーノ・ブッキ 氏が登場。「研究者はひとくくりで捉えられがちですが、市民との対話に積極的な人、消極的な人など、色々なタイプの研究者がいます。その多様性を尊敬しながら、ぜひ研究者たちを皆さんの対話に参加させてほしいと思います」と話しました。

市民のマインドセットを変えた「アルスエレクトロニカ」

海外からの事例報告もありました。オーストリアのリンツで1970年代後半から始まった「アルスエレクトロニカ」は、アート、テクノロジー、サイエンスにまたがる先端的な表現領域を追求する国際的なイベントとして、現在、世界で高い評価を得ています。30年以上をかけて進化してきたこのイベントの思想背景について、3年前からアルスエレクトロニカとの共同プロジェクトのリーダーとして参画する鷲尾和彦氏は、次のように語りました。

かつての主要産業だった鉄鋼産業が斜陽化するなか、リンツの市民たちは、「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」を開催することで、新たな地域資源をコンピューターにシフトし、さらには人の内面に見えない価値を生み出す「アート」を育んでいくことに、社会の存続を賭けたのだといいます。「最新の科学技術を知り自分たちの力でモノをつくっていく人を増やさなければ、ヨーロッパの小国は生き残れない」という危機感を感じたそうです。そして市民総出の取り組みの結果、リンツは、2009年にオーストリアで2番目の「欧州文化首都」に選ばれました。さらに2014年、「ユネスコ創造都市ネットワーク」の登録分野の一つで、デジタル技術などを用いた新たな文化的・社会的発展を目指す「メディアアーツ都市」にも認定されました。鷲尾氏は、「アートとサイエンスを融合させるこうした取り組みを、市民が、たんなる教育ではなく、『町が生き延びていくための手段』と捉えることで、成果を出すことができた。市民のマインドセット(思考の枠組み)を変えることに成功したのではないか」と語りました。

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「アルスエレクトロニカ」を語る鷲尾和彦 氏。
「人口20万人ほどの小さな街で開かれてきたこのイベントには、街の悲願が込められているんです」

全8者による発表と意見交換からは、各地で広がりを見せるサイエンスフェスティバルが、今後、持続的に展開し、より大きな効果を上げていくためには、まだ課題も多く、それぞれの取り組みの中にヒントが見えそうなことも分かりました。セッションの最後に、日本サイエンスコミュニケーション協会(JASC)会長・筑波大学教授の渡辺政隆氏は、「重要なのはサイエンスフェスティバルの担い手や来場者の『多様性』ではないか。サイエンスコミュニケーションは、文字通り、『コミュニケーション』であり、そのキャッチボールの相乗効果によって、伝える側も参加する側も学んでいけることが多い。今後もそうした対話の場を広げていきたい」とディスカッションを締めくくりました。

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科学フェスティバルのあり方を初期の頃から見つめてきた渡辺政隆 氏
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セッション全体風景。会場とのやりとりでは、地域の科学館だからこそ社会的弱者に対する配慮を厚くしてほしい、との意見があり、フェスティバルの主催者が、「まだまだ足りない、もっと配慮を心がけていきたい」と応える場面もあった。

ライターのひとこと

各地のアートフェスティバルや娯楽イベントのように、「楽しむ」イベントとして地域に溶け込みつつあるサイエンスフェスティバルは、日本の中で新しい広がりを見せていることが分かりました。セッションでは、科学の面白さを一般の人になかなか伝えられない「死の谷」のジレンマをいかに突破して、数万人規模のコミュニティを形成できたかのエピソードも披露され、担い手たちが、草の根から新たな地域のあり方をつくり上げて行く醍醐味が伝わってきました。持続的にフェスティバルを回していく仕組みづくりや人材育成の取り組みは端緒についたばかりで、担い手同士、あるいは担い手と参加者とを継続的につなぐ仕組みづくりも欠かせないと感じました。地域の枠を超えて情報や蓄積されたノウハウを共有し、サイエンスフェスティバルのあり方を創発していく方向性が見え、本セッションは、その動きの大きな契機になったように感じました。

文責:古川雅子(サイエンスライター)

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